Sicily Monreale旅の絵をもとに随想しています。 本日はシチリア島です。 絵は、パレルモ(Palermo)郊外のモンレアーレ(Monrealel)のコンカ・ドーロ(Conca d'Oro)の丘 を望んだものです。レモン畑がひろがります。(油彩) シチリア島(Isola de Sicilia (英語=Sicily))は、地中海では最大の島で、面積約2.6万平方キロです。四国の1.4倍と想像以上に大きな島です。 古代にギリシャの植民地であったため、ギリシャ建築の遺跡が多く、また中世のビザンティン文化も加わって独特の文化風物を持っています。 前8世紀ごろから、ギリシャ人が航行してきて、シラクーサ(Siracua)、カターニャ(Catania)、メッシーナ(Messina)、セリヌンテ(Selinute)、アグリジェント(Agrigento)などの町々を建設しました。シラクーサ(Siracua)、はローマの競争相手とまでいわれました。 前264年の第一回ポエニ戦争で、ローマ人から干渉を受け征服されました。 5世紀にはヴァンダル族が侵入。 6世紀以降は東ローマ帝国が統治。 9世紀にはアラブ人が島を占領。 11世紀に、ノルマンディー騎士団を構成するノルマン人がノルマン王朝を造り、パレルモに都を定めました。 13世紀に滅びました。 中世後期、アンジュ家、アラゴン家と経て、スペインの領有となり、19世紀前半には当時ナポリ王であったブルボン家の支配下に。 1860年 ガリバルディが勝利し、やっとイタリア王国に編入されました。 ノルマン、アラブ、ビザンチンの各影響を受けましたので、独特な様式の建物も数多く残っています。 エトナ火山(3323M)を擁し、人口は500万以上です。オレンジ、みかん、レモン、アーモンドが実り、熱帯植物に恵まれています。 パレルモ(Palermo) ・・シチリア自治州の首都。 ノルマン(北の人 の意味)王朝の都であった所です。 ・ノルマン王宮(Palazzo del Normanni)--アラブ時代(831年にアラブ人の統治)に始まり、ノルマン王朝時代(12世紀)に拡大された建築です。内部には現在もシチリア自治州議会会議場として使われている部屋があります。 ルッジェーロ王の間(Sala de Ruggero)--寝室は鮮やかなモザイクで飾られています。 ・サン・ジョヴァンニ・デリ・エレミティ教会(S.Giovammi degli Eremiti)--ノルマン時代の建築です。 ・マルトラーナ教会(Martrana)ノルマン芸術の秀作。 ・サン・カタルド教会(S.cataldo)12世紀の建築 ・プレトリア広場(Piazza Pretoria)旧市街の中心広場。中央にプレトリア噴水(Fontana Pretoria)(16世紀)があります。 ・考古学博物館(Museo Archteologico)セリヌンテ出土の古代ギリシャ時代の彫刻が展示されています。 ・クアットロ・カンティ(Quattro Canti)4つ辻。Maqued通り,V.Emenuele通りの交差点です。スペイン・バロック様式の彫刻があります。 モンレアーレ(Monreale) -- パレルモ南西8km。カプート山中腹にあります。 ・ドゥオーモ(Duomo)--ノルマン時代の最大傑作(1174年)といわれています。 正面のブロンズの扉はボナンノ・ピサーノの作(12世紀)。 左側面のブロンズの扉はパリサーノ・ダ・トラニームの作(12世紀) 内部は3廊式バシリカです。 新旧約聖書の物語と後陣のキリストのモザイク画(黄金色)が見ものです。 教会の外側・・大きなアーチが交差。装飾がすばらしい。 12世紀の僧院回廊(キオストロ Chiostro) 絵は、このドゥオーモ(Duomo)を一歩でて、高台から、 コンカドーロ(Conca d'Oro)の丘を見たものです。眼下にオリーブ畑が広がります。実際には、高速道路がこの平原を左右に切り裂いています。ここではそれを無視した絵となっています。 セジェスタ(Segesta) --パレルモから南西60km。モンレアーレ(Monreale)からですと、南西方向に30km。山の上に古代ギリシャのドーリア式神殿があります。 アグリジェンテ(Agrigent) パレルモ(Palermo)から南南東100km。考古学地域古代ギリシャ7神殿があります。 明日はフランスです。 ん・・・。? 編集後記 次の目的地、フランスへ向かうべく、空港で手続き。 な、何と。ここでパスポートが無いことに気づく!! さて、どこで、落としたものか・・? ・・モンレアーレ(Monreale)?・・・パレルモ(Palermo)の大学の食堂?・・皿をもって長蛇の列をしたところ?・・プレトリア広場(Piazza Pretoria)?・・・・ ずっーーーーと逆に辿っていくと、な、なんと。 カプリ島で泊まったホテルで、預かったまま返してもらっていなかったことに気づく。(パスポートを預かる・・というシステムは旧式カナ!) ホテルのおばちゃんがパスポートを返すのを忘れたのか、こちらから強要しなかったことが原因なのか。 パスポートの提出を求められないままパレルモ(Palermo)に来てしまったわけである。フランスに渡るところで、やっと無くした事に気づいたわけである。 310km北方のナポリまで戻り、再度カプリ!に渡る機会を 神に与えられてしまったということです。<(`^´)> カプリ!は、想い出多い 島となりました。 |